「土壌汚染は今でも問題になっている?」
「土壌汚染が起こるのはなぜ?」
土壌汚染は、どこか遠くの特別な問題、または環境への配慮が足りなかった過去の時代の話というイメージがあるかもしれません。
しかし、土壌汚染の原因物質が社会から無くなったわけではなく、私たちの生活はそれらの化学物質に多かれ少なかれ依存しているのも事実です。人の健康被害を防ぐためには、有害な物質を適切に管理し土壌汚染を防ぐ必要があります。
この記事では、土壌汚染の原因や現状、人や環境に対する影響と対策について解説していきます。
土壌汚染とは?
土壌汚染とは、主に人間の活動にともなって排出された有害物質が土壌に蓄積されている状態をいいます。土壌は大気や水に比べて、その大切さが評価されることが少ないかもしれませんが、実際には私たちを取り巻く環境を構成する不可欠な要素です。
まず、土壌は陸上の生物多様性や人類の文明を支える土台となっています。また、雨水を浸透させ、水を浄化し貯蔵するはたらきも土壌の重要な機能の一つです。さらに、生態系の中では有機物を分解することにより炭素や窒素を循環させる役割を担っています。
特に、世界中の人々を養うための食料生産は、土壌なくしては成り立ちません。家畜も大地に生える植物を餌として必要とするため、実に世界の食料の95%が土壌を基盤として生産されています。
このように、良好な水や食糧を生み出す基盤として地球上の生きものの生存を支えているのが土壌なのです。よって、土壌が汚染されれば、私たちの健康や生活環境、自然生態系に深刻な影響が及びます。
土壌汚染の原因と現状
土壌汚染を引き起こす化学物質は、重金属、有機溶剤、農薬など多様です。
発生源として、工場からの排出、タンクからの漏えい、埋め立てた廃棄物からの溶出、不適切な排水の地下浸透などがあげられます。2011年には、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質が、気流や雨雲に運ばれ広範囲に飛散し、東北や関東地方で土壌汚染が生じました。
また、全国の地下水から検出され注目されたPFAS(有機フッ素化合物)については、現時点で汚染源が未だ明らかにされていません。
ここでは、土壌汚染が起こる仕組みや現状、特徴について解説していきます。
どうして土壌汚染が起こるの?
土壌汚染の原因は、自然由来のケースもありますが、多くの場合は人間活動にともなって排出された有害物質です。
明治中期に社会問題化した足尾銅山鉱毒事件や、昭和30年に初めて報告されたイタイイタイ病の原因は、鉱山に由来する重金属でした。鉱山の発掘で排出される煙や水によって森林や農耕地が汚染され、呼吸や農作物を通して大きな健康被害につながりました。
高度成長期以降、問題となったのは工場からの排水や廃棄物に含まれる有害物質です。1970年代には、六価クロムによる土壌・地下水汚染が市街地で問題となりました。
今日では、次のような原因によって土壌汚染が起こると考えられます。
- 有害な物質が使用されている時にこぼれたり、有害な物質を含む排水が漏れたりして土の中へ入る
- 有害な物質を含む廃棄物が不適切に土に埋められ、雨などによって有害物質が土壌に溶け出す
- 排気ガスや焼却灰の中に含まれる有害な物質が土の表面に落ちてくる
有害な物質を利用しなければ、土壌汚染は生じないかもしれません。しかし、それらの化学物質は身近な製品の原料として、また生産過程で利用されており、私たちは気づかないうちに恩恵を受けているのも事実です。
日本の土壌汚染の現状
画像引用:環境省「土壌汚染対策法のしくみ」
近年、土壌汚染の判明件数が年々増加しています。この背景にあるのは、土地の再開発や売却にともない実施される調査や、事業者が環境管理の一環として自主的に行う調査の増加です。
また、地方自治体による地下水モニタリングが拡充され、地下水汚染の発見がきっかけとなり土壌調査が実施される事例が増えています。調査件数の増加に同調して、基準値を越える汚染が見つかる件数も増加傾向です。
事業者や地方自治体による土壌調査が増え、目に見えない土壌汚染が判明することは悪いことではありません。土壌汚染の原因を明らかにして適切に管理することが、私たちの安心につながります。
土壌汚染の特徴
多くの土壌汚染は発生する範囲が限られ、広範囲に及ぶことはほとんど無いという特徴があります。これは土壌に含まれた有害物質が、水や大気に含まれたものと比べ移動しにくく、拡散・ 希釈されにくいためです。しかし、一度土壌汚染が発生すると人の健康や生活環境への影響が長期にわたり続きます。
土壌汚染の原因となる有害物質は、揮発性有機化合物や重金属などで、中でも重金属の割合が多く8割を占めます。一般的に、重金属は土壌と結合しやすい性質で、地下の浅いところに留まるため地下水汚染を引き起こす可能性は高くありません。
一方、揮発性有機化合物は水に溶けにくく、土壌に吸着しにくいうえに粘性が低く分解されにくい性質で、比重が大きい傾向があります。よって、地下深くまで浸透しやすく、地下水に溶け出して汚染が広がったり、揮発性のため大気へ放出されたりするおそれがあります。
これらの原因物質は目に見えないため、土壌汚染は気づかれにくいのも特徴です。以下に、原因物質の代表例について、用途、危険性、人の体内へ取り入れられる経路を順にご紹介します。
クロロエチレン
- ポリ塩化ビニルの原料で、雨どい、壁紙、床材や外装材などの建材、日用品、農業用フィルムの材料に利用される
- 染色体異常・発がん性の可能性
- 呼吸や飲み水
1,1-ジクロロエチレン
- 家庭用ラップフィルムなどに用いられるほか、人工芝、たわし、人形の髪の毛などの原料となる
- 染色体異常、肝臓が組織変化する可能性
- 呼吸や飲み水
1,3-ジクロロプロペン
- 殺虫・消毒効果があり、ジャガイモやサツマイモ、ニンジン、ゴボウなどの植付け前に土壌燻蒸剤として用いられる
- 発がん性の可能性
- 食物や飲み水、呼吸
テトラクロロエチレン
- 容易に油を溶かす性質で、ドライクリーニングの溶剤として利用されたり、精密機器や部品の加工段階で油の除去に用いられる
- 肝臓や腎臓への障害、頭痛、めまい、眠気など神経系への影響
- 呼吸や飲み水
ベンゼン
- ガソリン、たばこの煙に含まれるほか、基礎化学原料として合成樹脂や合成ゴム、ナイロン繊維、染料、農薬などの原料に用いられる。消毒剤としても多方面で使われる。
- 発がん性、染色体異常、白血病を引き起こす可能性
- 呼吸や飲み水
カドミウム及びその化合物
- ニッケル・カドミウム蓄電池の材料となる
- イタイイタイ病原因物質、発がん性
- 食物や飲み水、呼吸
六価クロム化合物
- マッチ・花火・医薬品などの原料、着火剤、塗料や絵の具の原料、防腐剤の材料
- 染色体異常、発がん性、皮膚に、粘膜に炎症
- 飲み水や呼吸
水銀及びその化合物
- 殺菌剤や防腐剤、温度計などの計器類、水銀灯、蛍光灯に利用される
- 脳の中に蓄積しやすく中枢神経障害を起こすおそれがあり、特に胎児への影響が大きい
- 水銀の場合は呼吸、 水銀化合物の場合は食物や飲み水
鉛及びその化合物
- 蓄電池、はんだの原料、猟銃の弾丸や釣り用おもり、放射線の遮へいのために用いられる
- 発がん性、母体内で胎子死亡率の上昇、生まれた子に奇形の可能性
- 食物や飲み水、呼吸
- 体内にとりこまれると90%以上が骨に沈着し人体に蓄積する性質
ヒ素及びその化合物
- 半導体の原料ガス、シロアリ駆除、歯科医療で歯の神経を抜く際に使われる
- めまい、頭痛、四肢の脱力、全身疼痛、麻痺、呼吸困難、皮膚への影響、下痢を伴う胃腸障害、腎障害、末梢神経障害、発がん性
- 食物や飲み水、呼吸
有機りん化合物
- 農薬(殺虫剤)として使用される
- 神経系への影響、痙攣、呼吸機能不全、意識喪失
- 食物や飲み水
- 4物質のうち3種は毒物及び劇物取締法の特定物質に指定され、現在、製造・販売が禁止されている
ダイオキシン類
- 廃棄物の焼却、塩素によるパルプなどの漂白、塩素系農薬などの化学物質合成時の副産物として非意図的に生成される
- 発がん性、生殖毒性、免疫毒性、神経毒性
- 食物や飲み水、呼吸
放射性物質
- 素材の改質、農作物の品種改良、病気の診断や治療、年代測定、原子力発電に利用される
- 急性放射線症候群、白内障、胎児への影響、遺伝子損傷による発がん性の可能性
- 食物や飲み水、呼吸
土壌汚染によって引き起こされる問題
土壌汚染による問題としてあげられるのは、土壌中の有害物質を摂取することによる健康リスクと、生活環境や生態系への影響です。
化学物質による人への健康影響のリスクは、汚染物質の有害性が高いほど、また体内に入る量が多いほど高まります。また、有害物質によって環境が汚染されれば、大気や水、食物を通じて間接的な人への悪影響が継続することになるでしょう。
ここでは、人の健康への影響と環境への影響について説明します。
人の健康への影響
前述のとおり、土壌を汚染する有害物質が人に及ぼす悪影響としてあげられるのは、染色体異常、発がん性、神経系や呼吸器系、消化器系への影響や胎児への影響など多様です。
人への健康影響のリスクは、汚染物質の有害性×摂取量で決まります。
汚染物質の有害性を評価する方法には、疫学的調査と動物実験による調査があり、動物実験による調査が大半です。一般的には、動物実験で影響が見られない量の1/100の値が環境汚染を防ぐための目安として適用されています。
発がん性物質の場合は、遺伝子を傷つけ、がんにかかるリスクを高めると考えられており、はっきりと安全な量を決めることができません。生涯の発がん率でリスクを評価し、社会的に「これ以下であればよいであろう」と合意されるリスクが実質安全量とみなされています。
人の体内に有害物質が取り込まれる経路として考えられるのは、次のとおりです。
- 汚染土壌の飛沫などの摂食する
- 汚染土壌の飛沫などを呼吸とともに吸い込む
- 汚染土壌と接触することにより皮膚から吸収する
- 汚染された水の摂取を通じて取り込む
- 汚染された農作物や海産物、畜産物の摂取を通じて取り込む
汚染された土壌の摂食は、風で巻き上げられた土壌や子どもの砂遊びの砂などが、意図せず口に入ってしまうことが考えられます。汚染された土壌と接触することによる皮膚からの吸収については、よほど高濃度でない限り健康への影響は低いようです。
土壌に蓄積された有害物質が溶け出した地下水を、飲み水として利用してしまうことも考えられます。また、汚染された土壌で育った農作物を食べたり、餌としてこれらを摂食したことにより体内に有害物質が蓄積した畜産物を摂食すると、間接的に土壌汚染の影響を受けることになります。
有害物質の摂取量を減らし、リスクを可能な限り抑えるために決められているのが、環境基準です。ただし、環境基準を超えなければ良いというわけではなく、リスクと向き合う人によって感じ方は異なるため配慮が必要です。
生活環境・生態系への影響
土壌汚染による環境への影響として、悪臭などの不快感、飲用される地下水の油膜、農作物や飼料用作物の生育阻害、生態系への影響などがあげられます。
1960年代に米国の生物学者であるレイチェルカーソンは、著書「沈黙の春」の中で、農薬による土壌汚染が農作物や生態系に与える影響について警鐘を鳴らしました。
海外では、有機りん系農薬や有機塩素系農薬により野鳥が大量に死亡した事例があります。環境中の有害物質の濃度が低いとしても、食物連鎖で有害物質が濃縮されていくため、生態系の上位にいる種は影響をまぬがれません。
また、国内で鳥類の死亡例が報告されているのは、鉛製の銃弾や釣用おもりによる影響です。鳥類が餌と間違えて、または餌と一緒に体内に取り込んだ鉛は血液や造血器系、 消化器系、 神経系等に障害をもたらし中毒死に至る場合もあります。
土壌汚染により土中の微生物が減少したり、農作物や飼料用作物が直接悪影響を受けたりすれば、生産量の減少にもつながります。
人は土壌に支えられて生存しているため、土壌への悪影響は巡り巡って人類にもデメリットが返ってくるでしょう。環境への悪影響については、ごく一部が明らかになっているに過ぎません。効果的な対策の検討のためには、さらなる科学的データの収集が必要です。
土壌汚染に対する対策
土壌汚染で問題となるのは、土壌汚染が存在すること自体ではなく、土壌に含まれる有害な物質が人の体の中に入ってしまうことです。よって、有害な物質が人の体内に入る経路を遮断する対策をとれば、土壌汚染による健康リスクを減らすことができます。
直接摂取する機会をなくす具体的な手段は次のとおりです。
- 汚染土壌の浄化
- 汚染区域への立入制限
- 汚染土壌の覆土・舗装
汚染土壌から地下水等への有害物質の溶出に関する環境リスクを減らすためには、次のような方法があります。
- 汚染土壌の浄化
- 有害物質が地下水に溶出しないように不溶化・固型化など封じ込める
- まだ地下水に到達していない場合、モニタリングしつつ必要なときに浄化又は封じ込め
これらの有害物質による健康リスクをきちんと管理するために制定されたのが、土壌汚染対策法です。
土壌汚染対策法
土壌汚染対策法の目的は、特定有害物質による汚染状況を把握し、人の健康被害を防止することです。土壌汚染対策法は、土壌に含まれることで人の健康に被害を生じるおそれがある有害物質として政令で指定する25物質を対象としています。
まず、次の場合に土地所有者は土壌汚染状況を調査し、都道府県知事に報告しなければなりません。
- 特定有害物質を製造、使用又は処理する施設の使用が廃止された場合
- 一定規模以上の土地の形質の変更の際に土壌汚染のおそれがあると都道府県知事が認める場合
- 土壌汚染により健康被害が生ずるおそれがあると都道府県知事が認める場合
調査の結果、特定有害物質が基準値を超過し、健康被害が生じるおそれがある場合は「要措置区域」に指定されます。指定を受けた土地の所有者は、汚染除去等計画を作成したうえで、汚染の除去などの措置を実施し報告することが必要です。
具体的な措置として、地下水の水質の測定、汚染の拡散を防止する封じ込め、盛り土、土壌汚染の除去などがあげられます。
特定有害物質が基準値を超過したものの、摂取経路がなく健康被害が生じるおそれがない場合は「形質変更時要届出区域」に指定されます。土地の形質の変更をしようとする者は、都道府県知事等に届出を行うことが必要です。
また、自主調査において土壌汚染が判明した場合にも、土地の所有者等が都道府県知事に区域の指定を申請できることとされています。さらに、要措置区域及び形質変更時要届出区域内の土壌の搬出に関しては、事前の届出義務があり運搬基準を守らなければなりません。
このように、土壌汚染対策法は調査による土壌汚染の把握と、土壌汚染による健康への影響を防ぐために土地の適切な管理の仕方について定めています。
私たちにもできる取り組み
私たちが直接土壌を汚染する機会はあまり考えらませんが、間接的に土壌汚染に関わる可能性はあります。生活の中で使っているプラスチック製品や電池の製造過程、食材の生産過程、便利な殺虫剤の成分として、有害な化学物質が利用されているからです。
消費者として、日々の買い物で少し配慮するだけでも、積み重なれば大きな力になるでしょう。以下に、個人としてできる取り組みをご紹介します。
ゴミを正しく分別し処理の行方に関心をもつ
鉛など重金属を含むゴミを野外に放置すれば土壌汚染につながります。きちんと分別して資源回収などに出すことはもちろん、回収先で適切に処理されるのか、関心をもつことが大切です。
農薬や化学肥料を減らす努力をしている農家を応援する
農薬や化学肥料に頼らない方法で生産された作物として認証を受けた生産物は、「有機JASマーク」で見分けることができます。一般的な野菜に比べて割高かもしれませんが、購入することで応援できると良いですね。
天然素材の製品を選ぶ
プラスチックなど石油を原料とする製品は、製造過程で揮発性有機化合物を使用している場合が少なくありません。化繊の服や布を木綿に、ビニール袋を紙袋に、プラスチック製品を木製のものにすることで、揮発性有機化合物の使用の抑制につながります。
天然素材で作られた便利なアイテムをご紹介します。
生活の中で化学薬品を見直してみる
安易に殺虫剤を使うよりも、害虫が発生する原因を取り除くことで快適な環境にできるかもしれません。生ごみを密閉して臭いを防いだり、ハーブを植えることも有効です。また、掃除のために何種類もの洗剤を買いそろえるのではなく、石鹸・重曹・クエン酸などの効果的な利用がお勧めです。
気になる変化に目を向ける
山林に古い家電が捨てられている、目につかない場所に残土が積まれている、毎年蛍が見られる川で今年は見られなかったなど、気になる変化を見逃さないことが大切です。まずは、地方自治体の窓口に相談してみてはいかがでしょうか。行政は市町村のすみずみまで把握できるわけではありません。多くの住民の目で小さな問題を発見し情報提供することで、深刻な被害の発生を防ぐことにつながります。
まとめ
この記事では、土壌汚染の原因や現状、人や環境に対する影響と対策について解説し、特に土壌汚染対策法をとりあげました。
25の特定有害物質のほか、ダイオキシン類についてはダイオキシン類対策特別措置法が、放射性物質による汚染については放射性物質汚染対処特別措置法が適用されます。また、農用地の土壌汚染を対象とする「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」は、食の安全を支える法律といえるでしょう。
土壌汚染に過敏になる必要はありません。しかし、目に見えないものに対しては鈍感になりやすいため、有害物質に対する意識は高くもつべきでしょう。
最後に、私たちの生活が脅かされないように、有害物質の管理や処理に携わってくれている人がいることを忘れずに、感謝の気持ちをもち続けたいですね。
【参考】
環境省「土壌汚染による環境リスクを理解するために」
環境省「土壌汚染対策法のしくみ」
環境省「土壌汚染対策の現状と主な課題」
公益財団法人日本環境協会「土壌汚染対策法の特定有害物質の用途・環境基準等の情報」
環境省「土壌汚染の特徴」
農業・食品産業技術総合研究機構(NARO)「ダイオキシン類とは?」
環境省「第三章 環境リスクとその評価」
環境省「水・土壌・地盤・海洋環境の保全」
環境省「鳥類の鉛汚染及び その取組の状況」