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東大教授 磯貝明|セルロースナノファイバー(CNF)への期待

東大教授 磯貝明|セルロースナノファイバー(CNF)への期待

最先端のバイオマス素材として注目されている「セルロースナノファイバー(CNF)」。消費者の私たちには、まだ聞き馴染みのない名前ですが、木材などの植物の繊維を細かく解きほぐすことで生まれるこの天然素材が、持続可能な循環型社会に貢献するヒントになると期待されています。

 

2020年に新たに設置された東京大学農学部セルロース化学研究室を担当する、日本のセルロースナノファイバー研究の第一人者・磯貝明教授に、新素材と環境の関係や、私たちの生活との関わりを取材しました。

そもそもセルロースって?

「セルロース」とはどのような物質なのですか?

セルロースとは、乾燥させた植物の50%の重さを占める成分です。デンプンとよく似た構造ですが、私たちが食べてエネルギーにすることができるデンプンと異なり、セルロースは消化できない「非可食」の多糖類です。身の回りでは、木造住宅の柱の半分、紙の80%以上がセルロースという物質からできています。地球上に一番たくさん蓄積され、植物によって生産されている生物資源と言えますね。

セルロースを素材として使うとどのようなメリットがあるのでしょうか?

大気中の二酸化炭素と根から吸い取った水からできているので、セルロースを沢山使うということは、大気中の二酸化炭素を固定化したものを身の回りで使うということになります。

また、今は身の回りのものは石油系のプラスチックが多く、一方的に消費することで枯渇していきますが、セルロースは使って、植えて、育てる。収穫してまた使う、また植える、また育てる...という循環を続けることで、持続的な社会基盤を構築することができます。


セルロースの活用でできる循環の輪

 

さらに、セルロースを製造するときに廃液として出る「リグニン」という物質があります。実は、それを燃やすことでエネルギーにもなるんです。もともと大気中の二酸化炭素が蓄積されたものなので、カーボンニュートラルなエネルギーです。

今は石油などの化石資源を基盤とした、エネルギーとマテリアル(材料)が中心の便利な社会になりました。しかし、植物でもエネルギーと材料の両方を作れるプロセスが既にあるので、それを広げたいと思っています。

石油由来のものをセルロースに置き換えれば、環境に大きく貢献できそうですね

残念ながら紙の用途がだんだん減っているために、クラフトパルプ化という、植物バイオマスからエネルギーとマテリアルを生み出すプロセスが、日本で縮小しています。日本の土地の66%を占める森林資源が使われず放置され、大気中の二酸化炭素の固定を積極的には行わない、ということになるので、循環の輪がまわらなくなってしまいます。せっかく石油や石炭と違って、木材資源が日本にあるのにも関わらず、そこからエネルギーとマテリアルを作り出すプロセスが無くなってしまうのは、大変辛いことですね。


日本の森林資源

どうすればセルロースがより使われるようになるのでしょうか?

紙の新しい用途を生み出すことが一番大切です。そうすればパルプを作ってビジネスが成り立つようになります。もう一つは、紙をいかに使うかということに加えて、紙以外の植物セルロースを使う方法の一つに、CNFが候補としてあげられます。

CNFは期待される素材ではありますが、まだまだ用途が大きくない。用途が大きくないということは、それによって日本の森を活かしたり、バイオマスを使ったりする流れになっていない、ということ。バイオマスを使った循環型社会を回すためにも、紙の用途と同時に、CNFを含めた新しいセルロースの用途開発に期待しています。

バイオマス素材「セルロースナノファイバー(CNF)」

セルロースナノファイバー(CNF)とはどのような素材なのですか?

植物の主成分であるセルロースをナノサイズまで細かく解繊(かいせん)した繊維です。二酸化炭素と水からできたもので、循環型社会に貢献するような新しい素材は、色々探しても他にはないので、素材・特性・環境対応という観点から見て、CNFは新素材として期待されています。


CNFのイメージ

セルロースナノファイバー(CNF)はどのように作られるのでしょうか?

2000年くらい前から行われている、木材を叩解(こうかい)して繊維にする技術と同じ原理で、機械で物理的に強い力を加えてナノファイバー化する機械処理解繊(かいせん)という方法があります。薬品を使わないという点が安全性という意味で魅力的なところで、衛生用品である芯のないトイレットペーパーにCNFをスプレーすることで、強度が増し軽くなったという例があります。

磯貝先生が開発した「TEMPO酸化」によるCNFの作り方について教えてください。

機械処理解繊だと植物の最小単位にまでは微細化することができないので、より細かくしようとすると、化学的な処理(化学処理解繊)が必要になります。常温・常圧で行われる触媒反応で、私たちの体の中の酵素の反応と似たTEMPO酸化をセルロースに応用したところ、最も細い透明なナノファイバーになりました。


様々な繊維サイズのCNF

透明TEMPO酸化セルロースナノファイバー/水分散液の写真。

 

TEMPO酸化でつくられたCNFはボールペンのインクや、車のメタリック塗装紙おむつやマスクの消臭など、機能性のある製品に使われています。

TEMPO酸化によるCNFの生産で、森林分野のノーベル賞とも言われる「マルクス・ヴァレンベリ賞」を受賞した時の心境は?

新しい製品を開発したわけではなかったので、寝耳に水でしたが、TEMPO酸化という分野を広げたところが評価されたんじゃないかなと思います。実際に、世界中の人が「確かに、かき混ぜたら透明になった」と追試してくれたので、「TEMPO酸化」や「CNF」「セルロース」で特許や文献を調べると、だんだん増えていることが分かります。

スウェーデンの人たちの想いとしては、「日本でこういう面白いことをやってるじゃないか、紙パルプ分野の研究者も頑張りなさい」という一種のメッセージだったんじゃないかな、とも思います。

CNFはどのように活用されるのですか?

機能としては、軽くて強いというところが一番強調されます。その特性を活かし、<CNFとプラスチックと組み合わせることで、石油系の樹脂の量を減らすことを目指して、研究が進められています。例えば、一度ナノファイバーにしたCNFを乾燥させて、保存・運搬し、プラスチックとの複合化の過程でナノファイバーにできないか、ということを検討しています。


CNF+プラスチックで石油系の樹脂の量を減らす

 

 

一方、強度が弱いゴムは、CNFを入れることで強度を上げて耐久性を持たせることができます。例えばタイヤにはカーボンブラックという石油の燃えかすが50%くらい入っているのですが、それが摩耗して空中に舞い、我々の肺に入ってしまうことがヨーロッパではかなり問題になっています。カーボンブラックを減らす時にCNFが一つの候補になり、タイヤの変形や安定性に貢献できる材料になるのではないかと思います。

シーズから生まれたCNFの実装化に向けて

CNFの今後の課題は?

研究のシーズ(消費者が生産者に求めるニーズに対して、生産者が持つ素材や技術力のこと)から生まれたものなので、可能性は十分にありますが、実はまだ用途が定まっていません。日本の実例で言うと、カーボンナノチューブや炭素繊維、光触媒などは、偶然見つかったようなものなんです。つまり、ニーズに対応した発見ではなく、研究の過程で発見されたため、何に使われるかニーズを引き出すには時間がかかってしまうことが課題といえます。


直交偏光板間でCNFを観察

直交偏光板間で観察すると、液晶状の模様が観察できる。

 

ただ、日本には資源と、CNFの様々な技術が各地にあり、国もそれを支援しています。日本がこれから世界で生き延びるためにどんな技術的なシーズがあるかと考えたときに、CNFは非常に有力と言えるでしょう。国も民間企業もSDGsやカーボンニュートラルに貢献したいという共感があるため、CNFの実用化に向けた用途開発が進められています。また、用途開発が進めば、大きな課題である価格も下がってきて、より使いやすくなるはずです。


乾燥させたCNF

乾燥させ、フィルム状にしたCNF。

 

それから、CNFは固形分が1〜2%と少なく、水が非常に多いので、乾燥保存技術というのが非常に重要です。液体の状態では冷蔵庫で保管しないとカビが生えてしまいます。また、生分解性があるので、1年くらいすると分解されサラサラになります。これは微生物が繊維の長さを切ることで、CNFの一つの特徴である粘度が失われた状態にしてしまうからです。逆に言えば、土に撒いたりした場合にも、微生物により生分解されて、二酸化炭素と水になり土に還るため環境に優しいとも言えるわけです。


乾燥させたCNF

フカフカの状態に乾燥させたCNF。

 

CNFは乾かすとフィルムのような状態になって、水に入れても元には戻らないのですが、ある方法だとこのようにフカフカで扱いやすい状態になり、保存も運搬もしやすい状態にすることもできます。乾燥して樹脂と組み合わせるときに、水に入れてすぐにナノファイバーになってくれるような技術を確立することが目下の課題です。 

環境に優しいCNFで築く循環型社会

CNFを活用するメリットを教えて下さい

少し前までは、「木を使うことが環境破壊になる」というイメージがあったと思いますが、実際には木を切る・植える・育てるということをすれば、二酸化炭素をどんどん固定できるということになるので、むしろ環境に良いことなんです。

ただ、「木の家を建てましょう」「紙を使ってリサイクルしましょう」など、色んなアピールはありますが、「〜しましょう」と言って広まるのは、人口も減っていてなかなか難しい。木から生まれたものを新しい文化の創生に繋がるような新しい製品に使えないか、という課題の1つの鍵になるのがCNFじゃないかなと思っています。


日本のCNF研究の第一人者磯貝明教授

 

スウェーデンのパッケージングの企業では、石油系のプラスチック包装容器に代わる紙パッケージにCNFを組み込むことで、紙に機能を持たせることが検討されています。森林産業が国策のスウェーデン・フィンランド・カナダは、CNFの研究が進んでいて、大学にお金を出すことで大学院生がリスクの高い研究開発をやっているそうです。

森林資源の活用という観点からも今後に期待したい素材ですね。

日本は国土の66%が森林で資源はたくさんありますが、住宅の柱や紙への用途が広がらない中で有効活用できず、放置されています。森林産業を活性化するためには、用途をどうやって身の回りに広げていくのかが大切なので、紙も含めて、日本の未利用の森林資源を使うことで、循環型の社会基盤を作っていくのが理想です。

一番心配しているのは、日本でパルプが作られなくなること。そうすると日本の森林資源は放置され、全く二酸化炭素の削減に貢献できなくなることになります。ビジネスとしてなんとかするためには、紙の延長でセルロースでできた製品を増やすしかありません。

私の役割としては、川下、用途開発の方から林業を活性化すること。その一つに、再生産可能な資源から作られ、非常に環境適合性が高いCNFという素材が役割を果たしてくれることに期待しています。

 


編集後記

「プラスチックの代替というと、値段が安くて性能を良くする必要があり、難しいかもしれませんが、今までこういうものだと思っていたものを、紙やパルプ繊維を使って新しい文化ができるんじゃないか、というところに期待している」と話す磯貝教授。好奇心と未来への期待を持ち続け、日本のセルロース研究に積極的に貢献する姿に、同じ紙パルプ業界の人間として背中を押されました。

カンキョーダイナリーを運営する大昭和紙工産業では、予め染色したパルプを原料した様々なカラーを持つCNFを開発。CNFの実装化に向けて、更なる研究を進めています。

磯貝明

Profile

磯貝明

日本のセルロースナノファイバー研究の第一人者。東京大学農学部卒業。同大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)。米国Institute of Paper Chemistry(大学院大学)化学科博士研究員を経て、東京大学農学部助手、同助教授、東京大学大学院農学生命科学研究科教授を勤める。2015年、TEMPO触媒酸化により木材パルプからセルロースナノファイバーを生産する方法を開発した業績により、アジア初のマルクス・ヴァーレンベリ賞を受賞。2020年から新しく設置されたセルロース化学研究室を担当している。

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