「宇宙開発と環境問題はどうつながっている?」
「スペースデブリって何?」
現在、地球温暖化などグローバルな環境問題への注目が高まっていますが、現状や正確な予測を踏まえて対策をおこなうには、宇宙からデータを収集してくれる観測衛星の存在が欠かせません。
これまで人類はたくさんの衛星を打ち上げてきましたが、役目を終えた衛星がスペースデブリの原因となっています。スペースデブリとは、宇宙空間を漂う不要な人工物体のことです。地上から肉眼では見ることはできませんが、たくさんのスペースデブリが地球の周りに存在し、宇宙空間の環境悪化を招いています。
近年、民間企業による宇宙空間の商業利用の動きが拡大しており、地球周辺が更に混雑することが予想されるなか、スペースデブリの存在は無視できません。
この記事では、スペースデブリが発生する原因、スペースデブリの危険性、国際的な対策や課題について解説していきます。
宇宙の環境問題「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」とは?
スペースデブリとは、宇宙空間にあるか、または大気圏内に再突入する人工物体のうち、有益な目的に使うことのできないもののことです。正常に稼働している人工衛星や、人工物体ではないもの、惑星間の塵などはスペースデブリに含まれません。
スペースデブリの具体的な例は、次のとおりです。
- 運用を終えた人工衛星
- 故障した人工衛星
- 打ち上げロケットの上段
- ミッション遂行中に放出した部品
- 爆発や衝突により発生した破片や塗装
- 固体燃料ロケットエンジンからの流出物
2021年時点では、地球周回軌道にあるスペースデブリの数は、直径10cm以上のものが約3万6千個、1~10cmのものが約100万個、0.1〜1cmのものは約1億3千万個と推計されています。つまり、稼働している人工衛星よりもはるかに多くのスペースデブリが地球を周回しているのです。
ほとんどのスペースデブリは、地表から高度2千km以下にあり、特に高度800〜850kmの範囲に最も集中しています。さらに、スペースデブリの周回する速度は、秒速7〜8kmと非常に高速です。よって、微小なスペースデブリであっても、他の物体と衝突する時には大きなエネルギーが発生します。
このように、1億を超える大小さまざまなスペースデブリが、高速で地球の周りを周回している現状では、いつ宇宙活動に支障が生じてもおかしくありません。
スペースデブリが発生する原因
スペースデブリの発生源は、ロケットによって打ち上げられる人工衛星や、宇宙探査機、宇宙往還機、宇宙ステーションなどの宇宙機です。
近年、私たちのくらしを支える通信・放送衛星や測位衛星などの打ち上げが増えています。また、宇宙機を破壊する対衛星実験や人工衛星同士の衝突事故に起因して、破片デブリの数が増加傾向です。
ここでは、スペースデブリ発生の原因について解説していきます。
ミッション終了後の宇宙機の放置
宇宙機は、ミッションを終えて燃料や電力が尽きたり、機器の不具合などで運用を終了したりすると、スペースデブリとなります。
1950年代以降、今日までに1万4千機を越える人工衛星が打ち上げられてきました。現在も地球の周回軌道上に約9,800機が存在していますが、そのうち稼働中なのは7割程度で、残りの約3割はもはや機能していません。
便利で豊かな暮らしを実現するために、今後も衛星の打ち上げは続くでしょう。スペースデブリの増加を止めるには、使わなくなった衛星の処理まで責任をもつことが求められます。
人工衛星のミッションの過程における物体の放出
人工衛星等を打ち上げるために使用するロケットや、ミッションの過程で放出される部品なども、役目を果たした後はデブリとなります。具体的には、多段ロケットの段間を固定するバンドや、段間の切り離しに使用される爆発ボルト、光学機器を保護するためのカバーなどが比較的大きい放出物の例です。
また、大きい物だけでなく、固体燃料の燃焼ガスに含まれる生成物や、剥がれ落ちた宇宙機の塗料片のようなものも微小デブリとなります。微小なデブリの発生をゼロにすることは難しいですが、最終目的だけでなく、ミッション達成までの過程に関わる全ての人工物について配慮が必要です。
宇宙物体の破裂による破片デブリの発生
スペースデブリ発生の大きな要因は、宇宙機の破裂です。何らかの理由で宇宙機が破裂すると破片デブリが発生しますが、これらの破片デブリは観測可能な宇宙物体の半数以上を占めるとされています。
宇宙機が破裂する原因は次のとおりです。
【爆発】
宇宙機の動力を生み出す推進剤として、液体水素や液体酸素などを用いている場合は、気化膨張によりタンクが破裂する可能性があります。また、燃料と酸化剤を使用する宇宙機では、隔てられて残留する燃料と酸化剤が、運用終了後に何らかの原因で反応してしまうことが、爆発の要因です。さらに、人工衛星に搭載された太陽光発電システムも、運用終了後の過充電によってバッテリーが爆発する可能性があります。
【衝突】
稼働中の人工衛星とデブリとの衝突や、デブリ同士の衝突も破裂の原因です。2009年には、米国の運用中の通信衛星とロシアの運用を終了した軍事用通信衛星が高度約800kmで衝突し、2千個以上の破片デブリが発生しました。これらの破片は、5年後までに高度200〜1,700km の広い範囲に分散したとされています 。
【意図的な破壊】
意図的に宇宙機を破壊する実験によって、大量のデブリが発生する場合もあります。2007年、中国は高度約900kmにおいて、運用を終了した気象衛星をミサイルで破壊しました。この時発生したデブリは、観測可能なものだけでも3,400個以上、地上からの観測が困難な1cm級のデブリは16万個と推定されています。破片デブリが人工衛星の軌道上に分散すると、衝突リスクが高まるため問題ですが、これまでに米国、ロシア、インドなどでも同様の実験が行われています。
スペースデブリによって引き起こされる問題
これまでにも、スペースデブリが宇宙機に衝突する事故が実際に生じています。
スペースデブリは高速度で移動しており、微細なものでも大きな破壊力をもつため大変危険です。また、小さなスペースデブリほど発見・追跡が困難であるため、対策が難しくなります。
さらに、スペースデブリが軌道上に長時間留まり続けることも問題です。高度600km以下では数十年間、高度800km以上では数百年間、高度900km以上では数千年間にわたって軌道に留まるとの見積りがあります。
また、高度3万6千km付近で気象衛星や放送衛星などに使われる静止軌道においては、大気の抵抗を受けないため、永久に軌道上に留まり続けるとのことです。スペースデブリと宇宙機の衝突だけでなく、デブリ同士の衝突によって、さらに多くの小さなスペースデブリが生じる可能性もあります。
スペースデブリによる悪影響とは、具体的にどのようなものでしょうか。
宇宙空間における危険性
高度200〜千kmで国際宇宙ステーション(ISS)やスペースシャトルが活動する低軌道においては、スペースデブリの移動速度は秒速7〜8kmです。他の物体と衝突する時の相対速度は平均秒速10km、最高で秒速15kmに達します。一般的なライフルの弾速は秒速0.6〜1km程度なので、スペースデブリの速さはその数倍です。
物体のもつ運動エネルギーは速さと質量に比例するので、宇宙機に衝突した場合の影響は、スペースデブリの大きさによっても異なります。
スペースデブリの大きさごとに予想される被害の例は、下記のとおりです。なお、「μm(マイクロメートル)」とは「mm(ミリメートル)」の千分の1を表します。
10cm~ | 宇宙機の完全な破壊 |
1cm~ | 搭載機器の破壊・衝突防御シールド貫通・衝突による多量の破片デブリの発生 |
1mm~ | 衝突痕や貫通孔の発生・外部に露出する機器の損傷・破壊 |
100μm~ | センサーや機体表面の損傷・熱交換機能の阻害 |
10μm~ | ガラスなどの表面に衝突痕の発生・宇宙機の姿勢変化・電磁波障害 |
1μm~ | センサーや望遠鏡のミラーの劣化、耐環境性の阻害・微小デブリの発生 |
~1μm | 機体表面の劣化 |
約100万個存在すると見積もられる1〜10cmのスペースデブリの衝突では、搭載機器に致命的な損傷を与え、多量の破片デブリが発生すると考えられます。1cm未満の大きさのスペースデブリであっても、衝突した場合はミッション遂行への支障や長期的な影響が生じるかもしれません。
静止軌道においては、スペースデブリの移動速度は秒速3kmほどなので、低軌道に比べれば衝突の衝撃は小さくなります。しかし、宇宙機に衝突すれば相当の影響が生じることは避けられません。
実際に起きた衝突事故の例は次のとおりです。
- 2009年 米国の通信衛星とロシアの使用済み衛星が衝突・大破し大量の破片が発生
- 2005年 米国のロケットに中国のロケット破片が衝突
- 1996年 フランス軍事観測衛星にロケット破片が衝突して損傷
- 1991年 ロシア使用済み衛星と衛星破片が衝突
観測されていないスペースデブリとの衝突が疑われる事例も多数あります。
- 2016年 欧州のリモートセンシング衛星が電力低下、衝突痕あり
- 2015年 日本の水循環変動観測衛星が電力低下、軌道が変化
- 2013年 エクアドルの小型衛星が高速回転し、衛星通信途絶
- 2013年 ロシアの小型衛星が故障・高度が変化
- 2007年 欧州の気象衛星が不具合を発生し軌道が変化
- 2006年 ロシアの通信衛星が故障し冷却液が噴出、姿勢が失われ機能不全に
その他、回収した宇宙機の表面にも衝突痕が確認されています。
スペースデブリを発生させないことが最優先ですが、衝突を回避する技術や、衝突した場合に宇宙機を守るための備えも重要といえるでしょう。
地上における危険性
ほとんどのスペースデブリは、地球の周りから大気圏内に突入する時に、高熱で燃え尽きます。中には、燃え尽きないものもありますが、海や湖、ツンドラ地帯など、人がまばらな地域に落下することがほとんどです。
追跡・監視されているスペースデブリは、毎日1つ程度の頻度で地球に落下していますが、過去50年間、人や財産への深刻な被害は確認されていません。
これまでに報告されている落下物の事例として、次のものがあります。
- 1978 年 旧ソ連の原子炉搭載衛星がカナダに落下
- 1979 年 米国の宇宙ステーション「スカイラブ」の破片がオーストラリアに落下
- 1997 年 米国のデルタ2ロケットの燃料タンクが米国内の民家近くに落下
宇宙機の落下による地上での被害を防ぐためには、宇宙機を制御しながら大気圏に突入させ、人間活動に影響が生じない領域に落下させることが必要です。
スペースデブリに対する取り組みと課題
安全を確保しながら宇宙空間を持続的に利用するためには、スペースデブリの増加を止めることが必要です。令和5年に閣議決定された宇宙基本計画では、宇宙空間の利用の必要性と課題を指摘し、対策を講じるべき旨が明記されました。
国内では既にいくつかの企業が、スペースデブリの発生防止技術や除去技術を開発し、実用化にむけて取り組んでいます。
ここでは、スペースデブリに対処するための観測・監視技術、回避・防御技術、発生防止技術、除去技術の4分野についてご紹介します。
観測・監視
観測技術は、スペースデブリの分布状況を把握したり、宇宙機に衝突する危険性を分析したりするために重要です。スペースデブリの観測には、望遠鏡やレーダーで直接観測する方法と、衝突痕を分析して分布状況を推測する方法があります。
宇宙活動に取り組む各国は、観測手段を整備して状況を監視するとともに、観測によって得られた情報を国際的に共有しています。
【直接的な観測・監視】
高度200〜千kmの低軌道のスペースデブリの観測には、地上から電磁波を照射するレーダーが用いられます。レーダーでの観測では、低軌道の場合は10cm以上の物体が観測可能です。光学望遠鏡による観測でも、ほぼ同じ観測精度とされています。
高度3万6千km付近の静止軌道で観測に用いられるのは、主に光学望遠鏡です。この場合、静止軌道において1m以上の物体の観測が可能とされています。光学望遠鏡による観測は、時間帯や天候の制約が大きい点がデメリットですが、レーダーは観測距離が大きい静止軌道のスペースデブリは検知困難であるため不向きです。
地上からの観測だけでなく、観測用の人工衛星を打ち上げて、軌道上の人工衛星から観測する試みもあります。宇宙からの観測は、天候や日照時間の影響を受けない点がメリットです。日本では、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が観測を担い、岡山県に設置された光学望遠鏡とレーダーを用いて観測し、筑波宇宙センター(茨城県)でデータ解析しています。
【統計的手法による分析】
10cmより小さいスペースデブリは、地上からの観測は難しいですが危険性を無視することはできません。10cmより小さいスペースデブリの分布を把握するために行われているのは、一定期間配置した実験用の人工衛星の表面に生じた衝突痕の状況を基に、統計的に推定する方法です。
これまでの実験の分析を基に、一定期間に一定面積の領域を通過する物体数を推計する分布モデルが構築され、宇宙機等との衝突頻度が計算されています。
衝突の回避・防御
スペースデブリによる被害を防ぐための対策は、スペースデブリの観測データを基にした回避操作や、衝突した場合の衝撃から機体や機材を守るシールドの設置などです。
国際宇宙ステーション(ISS)では、致命的な損傷を回避するため、スペースデブリの大きさに応じて対策がとられています。10cm以上のスペースデブリは、観測により軌道を予測できるため、衝突の危険がある場合にはエンジン噴射によりISSの軌道を変更します。
10cmより小さいスペースデブリは、地上からの観測が難しく衝突回避ができません。よって、 2枚の金属板から成る防御シールドで機体を守っているほか、貫通しても搭乗員や機能に致命的な損傷が生じないような設計となっています。
人工衛星の場合も、低軌道では10cm以上、静止軌道では1m以上の追跡可能なスペースデブリについては、衝突回避の操作が行われるのは国際宇宙ステーションの場合と同様です。
小さくて追跡が困難なデブリに対しては、衝突しても燃料タンクや電源系などの重要な部品に致命的な影響が生じないよう、設計段階から機器の配置などが工夫されています。
スペースデブリの発生防止
スペースデブリが増加する原因は、正常運用時の物体放出・軌道上での自己破砕・運用終了後の保護軌道域からの離脱失敗・軌道上物体との衝突による破砕の4つです。
これらの原因に対処してスペースデブリの発生を抑制するために、国際的なガイドラインが制定されてきました。
- IADCスペースデブリ低減ガイドライン(2002年) :スペースデブリに係る研究者の情報交換・議論の場として設立されたIADC (Inter-Agency Debris Coordination Committee)により、先進国の宇宙機関において初めて合意されたガイドライン
- 国連COPUOSスペースデブリ低減ガイドライン(2007年):宇宙活動の研究援助・情報交換、法および原則の確立等の検討を目的とした国連委員会であるCOPUOS (Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)が、IADCガイドラインを踏まえて制定
- ISO-24113スペースデブリ低減要求(2010年):IADCガイドラインの工業的な実施方法を定めた国際標準
ガイドラインでは、運用を終えた宇宙機を軌道から離脱させることが求められています。運用終了後の宇宙機が軌道上に放置されると、衝突により新たなスペースデブリが発生する危険があるためです。
具体的には、利用頻度の高い軌道から利用頻度の低い軌道へと移動させる操作(リオービッ ト)や、大気圏に落下させる操作(デオービット)があります。いずれにせよ、宇宙機の運用中に異常が生じた場合に速やかに検知して対策することが重要であり、適切な監視や対策のための体制維持も必要でしょう。
既存のスペースデブリの除去
スペースデブリの増加を止めるには、既にあるスペースデブリの除去が有効です。仮に運用終了後の宇宙機の9割が軌道からの離脱操作により衝突を回避できたとしても、5〜9年に1度の頻度で大規模な衝突事故が発生するとのシミュレーション結果もあります。また、スペースデブリの増加状況は、実際にはシミュレーションよりも悪化すると予測されています。
民間企業による開発が活発化しているのが、人工衛星を用いて軌道からスペースデブリを除去する方法であるADR(Active Debris Removal)です。そのほか、ロボットアームを備えた小型衛星によって、アームでスペースデブリを捕獲しデブリとともに大気圏に落下する除去技術も開発されています。いずれもデブリ除去技術を実現するには、高速で移動するデブリに接近したり捕獲したりする高度な技術開発が必要です。
なお、スペースデブリの除去には、技術面のほかにも法的課題も存在します。宇宙物体の管轄権は、宇宙物体登録条約に基づく「登録国」が有するため、スペースデブリとなった痕も管轄権が継続します。したがって、除去を行うにはスペースデブリの管轄権を有する国の許可が必要です。
また、除去用の人工衛星の製造や打ち上げ費用を含め、除去作業全体で相当高額な費用が発生するため、誰が負担するかが問題となります。さらに、スペースデブリの除去は宇宙物体への接近や接触を伴う技術であり、意図的な衛星破壊などの軍事目的の可能性も否定できません。そのため、透明性を高め、相手国との信頼醸成を図ることが求められます。
スペースデブリの低減については、現時点では法的拘束力のないガイドラインによる対応となっているため、今後にむけた国際的なルールの整備が望ましいでしょう。
まとめ
この記事では、スペースデブリが発生する原因や危険性、課題、国際的な対策、宇宙の環境問題への影響についてご紹介してまいりました。
夏は、旅先や日常を離れた場所で星空を眺める機会があるかもしれません。癒しの時間の中でほんの少しの間、私たちの暮らしを便利にしてくれる宇宙機や宇宙の環境問題に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
きっと、開発に携わる人を応援する気持ちや宇宙技術に関する関心が高まるはずです。
【参考】
ファン!ファン!JAXA!「宇宙ごみ(スペースデブリ)って何?」
文部科学省「米国衛星「UARS」の落下に関する情報について」
国立国会図書館「第7章 スペースデブリに対処するための技術とルール―宇宙空間の持続可能な利用のためにー」
宇宙航空研究開発機構「スペースデブリに関する最近の状況」
JAXA「よくあるご質問」
内閣府宇宙開発戦略推進事務局「スペースデブリを増やさないために〜安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書〜」