プリントアウトした資料や学校で使うノート、ティッシュやトイレットペーパーなど、紙製品は私たちの生活になくてはならない存在です。紙の原料は木材ですが、無計画に森林を伐採すれば森林破壊が進み、森林が本来持つ機能を損なう原因になります。
本記事では、木材を生産する森林が抱える問題や役割について解説するとともに、私たちにもできる紙の持続可能な利用方法を紹介します。
地球規模で進む森林破壊
2020年の世界森林資源評価(FRA)の報告によれば、世界の森林面積は1990年から2020年の30年間で1億7,800万ha減少しています。これは日本の面積の約5倍に相当する広さです。
森林面積の減少は、森林の火災や開発、無計画な伐採、持続可能でない焼畑農業などの森林破壊が原因で起こります。特に森林面積の減少が大きいのは、熱帯の森林を持つ南アメリカやアフリカ、東南アジアの国々です。中国のように森林面積が増加したり、日本のように横ばいで推移している国もありますが、世界全体で見ると森林面積は減少し続けています。
このまま森林破壊が進むと、どんなことが起こるのでしょうか。森林面積の減少が私たちの生活に与える影響を見てみましょう。
生態系の変化
森林には多種多様な動植物が生育しています。木々が伐採されれば、森林を住処やえさ場としている動物や昆虫、鳥などが行き場をなくし、個体数が減少したり絶滅したりする恐れがあります。崩れた生態系を元の状態に戻すことは難しく、また、将来にわたって影響を及ぼす可能性もあります。
森林関連産業への打撃
自然豊かな国や地域では、美しい景観やそこに生息する動植物を目的に訪れる人も多いため、森林は観光資源として重要な役割を果たしています。つまり、森林は経済面でも私たちの生活に深く関係しているのです。森林破壊により本来の自然が損なわれれば、観光業をはじめとした地域産業全体が衰退する要因になります。
地球温暖化への影響
植物は太陽光を利用して大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素として蓄えています。特に樹木は幹や枝などに大量の炭素を蓄えるため、森林面積が減少すると二酸化炭素の吸収量も減少します。地球温暖化への影響を最小限に留めるためには、森林面積を確保するとともに適切に管理をおこない、森林が本来持つ働きを生かしていくことが重要です。
森林が果たす役割
森林は気づかないうちに私たちの生活をさまざまな面から支えてくれています。ここでは森林が担う5つの役割について見ていきましょう。
環境保全
森林はそこに生息する動植物の暮らしや命を支え、多様な生物が生きる豊かな世界を形成しています。また、温室効果ガスである二酸化炭素を吸収し、炭素として蓄えることで、地球温暖化抑制に貢献しています。
水源かん養
山地から河川に水が流出する際、水量が調節されたり、浄化されたりする作用のことを、「水源かん養」といいます。
森林の土壌は、落ち葉や折れた枝などが積み重なり、小さな隙間がたくさんあるスポンジのような状態になっています。雨が降っても河川に水が一気に流出しないのは、スポンジ状の土壌が水分をいったん蓄えたあとで、少しずつ流出する働きをしているためです。 また、雨水が森林の土壌を通ることでろ過・吸着・分解され、きれいな水になります。
防災
樹木の根や地面を覆う植物は、土壌を繋ぎ止める働きをしています。土壌や斜面の崩壊を防ぐことで、土石流の防止に大きく貢献しているのです。
また、東日本大震災のときには、海岸林が津波で流された船などの漂流物を受け止めたり、津波の威力を弱めたという報告もあり、森林が防災の面で大きな役割を果たしたことが明らかにされています。
物質生産
物質生産とは、木材や紙、食料、燃料などの資源が森林から産み出されることです。
木材を利用して家をつくったり、きのこや山菜をとって食べたり、私たちの生活は昔から森林資源に支えられてきました。 森林を適切に管理・保全することで、森林からの継続的な資源の生産が期待できます。
文化・レクリエーション機能
森林を含む伝統的な景観は、観光や芸術の対象となり、文化や歴史を伝承する役目を担っています。
また、環境学習や体験学習の場として人々の自然観の形成に貢献しているほか、スポーツやリフレッシュの場として私たちの生活に潤いを与えてくれています。
日本の森林環境が抱える問題と対策
日本は世界有数の森林大国です。
過度な森林伐採が問題となっている国や地域もありますが、日本の森林面積は長年横ばいで推移しています。森林面積が減少していないため一見問題がないように見えますが、日本の森林環境が抱える問題は森林面積以外の点にあります。
現在の日本の森林がどのような問題を抱えているのか、具体的に見てみましょう。
放置された森林
日本の森林面積は国土の3分の2に当たる2,500万haほどで、うち約4割に相当する1,000万haほどが人工林です。人工林とは主に木材の生産を目的に育てられている森林のことで、間伐など人の手で管理されなければ維持できません。
現在ある人工林の多くが終戦直後や高度経済成長期に造林された森林です。そのうち大半が伐採に適した林齢40年から50年以上となり、本格的な利用期を迎えています。
森林の資源量の目安である「森林蓄積」の割合は、人工林を中心に年々増加しています。日本の森林面積は横ばいであると前述しましたが、同程度の森林面積を維持しながら森林蓄積の割合が増加しているということは、森林伐採の量が減少していることを表しています。
つまり、森林資源を上手に活用できていないということです。
森林資源が活用できていない背景にはさまざまな理由がありますが、なかでも安価な輸入木材の使用量が増えたことが大きな要因です。戦後の復興期・高度成長期には木材の需要が増大し、それに伴う木材価格の高騰が大きな問題となりました。国産木材の生産が追いつかない状況で海外からの木材の輸入が解禁されると、安価な輸入木材の需要が増え、価格競争に負けた国産の木材産業は衰退していきます。採算の取れなくなった山林は次第に管理が行き届かなくなり、放置されていきました。
本来であれば森林資源として伐採され、利用されるはずだった樹木が放置されると、以下のような問題が発生します。
- 間伐などの適切な管理がおこなわれないことにより木材の品質が低下し、商品価値が下がる。
- 下刈り(注1)も枝打ち(注2)もされないため地面に日光が届きにくくなり、植生が荒れ、生態系に影響が生じる。
- 日光不足により植物の根が張らないため土がやせ、水分の貯留機能が低下する。
- 花粉を生産するスギなどの針葉樹が計画的に伐採されないため、花粉の飛散量が増え、花粉症を引き起こす大きな原因となる。
注1:植栽した苗木の成長を促すために周囲の雑草などを刈り払うこと。
注2:節目のない丈夫な木材にするため、余分な枝や枯れ枝を切り落とすこと。
林業に携わる人材不足
森林は植林から伐採まで長期に渡って維持・管理していく必要がありますが、木材価格の低下により投資に見合った収入を得ることが難しくなっていきました。 日本の林業の経営体は8割が個人(家族)であり、小規模の森林所有者が多数を占めています。
効率的な経営が難しい小規模林家は、木材価格の低下により大きな影響を受けることとなり、経営意欲の低下や採算性の悪化から林業の担い手が減っていきました。
また、国産材を供給するためには「林業用路網」(注)の整備が必要ですが、特に10トン積以上のトラックが運行できる「林道」の整備が遅れています。日本は高くて険しい山林が多く、地質も多様であるため、開設コストが大きいことが要因です。林野庁などが路網整備指導者の育成研修などを実施していることからもわかるように、林業の担い手だけでなく林業用路網整備の指導者といった、林業に携わる人材が全般的に不足しているのです。
注:「森林内にある公道や林道、林業専用道、森林作業道などの道、またはそれらを適切に組み合わせたもののこと」(「北海道|水産林務部林務局森林整備課|森林作業道」より引用)
森林整備への支援
令和6年度から、日本の森林整備への支援を目的にした「森林環境税」の徴収が始まります。
1人年額1,000円の森林環境税は、その全額が「森林環境譲与税」として国から地方自治体へ交付されます。
森林環境譲与税は、間伐などの森林保全、林業に携わる人材や担い手の育成、木材の適切な利用の促進といった森林整備全般に関する費用に充てることとされており、2019年(令和元年度)からすでに交付がはじまっています。全国的に森林環境譲与税の活用は活発化しており、森林整備の取組事例が数多く公開されています。森林環境税が日本の森林環境問題にどのような効果をもたらすか、見守っていきましょう。
紙と森林環境の関係性
森林資源を原料とする紙は、森林環境とどのような関係があるのでしょうか。
私たちの身の回りではたくさんの紙製品が使用されています。紙の原料は木材であり、紙製品の生産・消費のためには一定の森林資源を確保する必要があります。
紙の生産のために森林伐採がされているイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実は紙の原料となるのは以下のような木材です。
- 計画的に植林された人工林の木材
- 製材として使われたあとに残った端材や木片
- 森林の間伐の際に出た間伐材 など
そのため、持続可能な形で紙を生産・消費していくために大切なのは、森林伐採をおこなわないことではなく、植林した木を適切に管理し、計画的に伐採・利用していくことといえます。
森林資源を利用して生産される紙ですが、どのようにつくられてどのように利用されているか、紙製品を取り巻く環境を見てみましょう。
暮らしを支える紙製品
2021年の日本の紙生産量は約24,000トンで、これは世界的に見ると中国、米国に続いて3番目に大きい数値です。生産国上位のうち日本を含めたほとんどの国において前年比プラスとなっており、世界の紙の生産量は増加しています。
日本の国民1人あたりの紙使用量は185.7㎏と世界平均55.1kgを大きく超えており、紙の生産量と同様に世界上位の水準です。紙の消費量は発展途上国より先進国のほうが高い傾向にあるといわれており、実際に日本以外では韓国や台湾、北米、ヨーロッパの国などが紙の消費量上位を占めています。一方で、紙の生産量1位の中国では、1人当たりの紙使用量は86.7㎏と低い水準にあります。
今後、経済がますます発展していくなかで、世界的に紙の使用量が増えることが予想されます。暮らしに欠かせない紙製品を、持続可能な方法で生産・使用していくことが重要です。
紙の原料となる森林資源
紙の原料となる森林資源を紹介します。
木材(バージンパルプ)
紙の原料として多く用いられるのが、木材から抽出された繊維である「パルプ」です。
古紙から作られたパルプと区別して、木材から作られた新しいパルプを「バージンパルプ」と呼ぶこともあります。紙の原料である木材を持続可能な森林から調達する動きが活発化する一方で、今なお人工林のプランテーション(大規模植林地)を目的とした過剰な森林伐採が問題となっている地域もあります。
[バージンパルプのメリット]
- 漂白成分が含まれていないため肌に触れても安全
- 再生パルプで作られた紙に比べ、強度、柔軟性、吸収性に優れている
[バージンパルプのデメリット]
- 再生パルプで紙を生産するときより環境に負荷がかかる
- 森林伐採や生物多様性の損失の一因となり得る
古紙
使用済みの紙のうち、リサイクルできる紙を「古紙」といいます。
日本では古紙の回収率が約80%と、世界トップクラスです。もともと環境意識が高い国民性であることや、社会のなかに分別・リサイクルの仕組みが整っていることが大きな理由です。
また、古紙から異物やインキを取り出す技術などが優れていることも、古紙の利用率を高める一因になっています。古紙を利用することにより資源を有効活用でき、不必要な森林伐採を防ぐことができます。
[古紙のメリット]
- 資源を繰り返し利用することで、森林資源の持続可能な利用に貢献できる
- 廃棄される紙の量を減らし、廃棄物処理の費用やエネルギーを削減できる
[古紙のデメリット]
- バージンパルプと比較して品質が劣る(耐久性が低い、品質が安定しにくい、紙粉が出やすいなど)
プラスチックの代替品として注目される紙製品
近年はプラスチックごみの問題がより注目されるようになり、プラスチック製品の代替として紙製品の利用が推進されるようになりました。プラスチックは軽くて加工しやすい特徴がありますが、自然には分解されません。そのため、その形状を長く留めたままごみとして残り続けます。自然界に残り続けるプラスチックごみは景観を悪化させるだけでなく、動植物の生活環境を脅かす存在としても問題になっています。
一方で、紙製品は木材など自然由来の原料でつくられているため、いずれ自然に分解されます。人工林などの適切に管理された森林から供給される木材や古紙を原料にすれば、持続可能な形で紙製品を利用することも可能です。しかし、紙は重くてかさばるため輸送の際に多くの二酸化炭素が排出されたり、資源やエネルギーコストが大きいため、プラスチック製品より高価になる傾向があります。
プラスチックと紙にはそれぞれにメリットとデメリットがあります。環境への負荷を考慮しながら、利便性や経済性とのバランスをとって上手に選択し、使用していきましょう。
持続可能な紙利用のためにできること
できるだけ環境に負荷をかけない方法で紙を利用するために、私たちはどのようなことができるのでしょうか。身近な取り組みを紹介します。
古紙回収にだす
使用した紙や不要な紙は、資源ごみとしてリサイクルしましょう。
古紙回収の方法は地方自治体によって異なりますが、ごみ収集車による各戸収集やスーパー、公共施設等での拠点回収が一般的です。新聞紙や雑誌だけでなく、紙切れやトイレットペーパーの芯、封筒なども「雑がみ」として回収・リサイクルが可能です。紙類の分別をすると可燃ごみの量も減るため、ごみの最終処分量の減量にもつながります。
ペーパーレス化
紙かデータか選択できるときは積極的にデータを利用し、ペーパーレス化を進めましょう。
例えば、仕事で使用する資料を紙に印刷するのをやめてデータで配布する、本を買うときは電子書籍にする、などです。ペーパーレス化は管理コストや費用の削減といったメリットもあるため、業務の効率化が期待できます。
再生紙の利用
再生紙を利用することは、最も身近で取り組みやすい方法といえます。
再生紙製造の技術は向上しており、再生紙と非再生紙の間に昔ほどの品質の差はありません。そのため、バージンパルプを使用した紙製品ではなく再生紙の製品を選んでも、使い心地に大きな変化を感じることなく使用できるはずです。再生紙を選択した分だけ森林資源の有効利用ができ、不必要な森林伐採を防ぐことができます。
FSC®認証製品を購入
FSC®(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)とは、適切に管理された持続可能な森林を確保するとともに、森林資源の適切な利用を促進するために設立された国際的な非営利組織です。
FSC®は森林認証制度(FSC®認証)という森林管理の認証プログラムを運営しています。このプログラムでは適切な森林管理に関する10の原則と基準に照らし合わせて評価がおこなわれ、認証されるとFSC®のログマークが付与されます。FSC®認証製品を購入することで適切に管理された森林を支援できますので、商品を購入する際はFSC®のロゴマークがあるか注目してみましょう。
まとめ
毎日の生活のなかで必ず利用する紙製品は、森林で生産される木材からつくられています。
森林は紙の原料となる木材の生産だけでなく、環境保全や防災などの面でも重要な役割を果たしているため、森林が持つ機能を十分に発揮させるよう適切に管理・保全することが大切です。 健全で持続可能な森林づくりを進めるため、古紙のリサイクルやFSC認証商品の購入といった身近なことから取り組んでみましょう。
【参考】
林野庁|森林・林業分野の国際的取組|世界森林資源評価(FRA)2020 メインレポート 概要
環境省|自然環境局【森林対策】|パンフレット「森林と生きる―世界の森林を守るため、いま、私たちにできること―」(2016年2月)
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所|平成24年版 研究成果選集 2012|東日本大震災の津波による海岸林の被害と津波被害軽減機能